中学校における「総合的な学習の時間」の実態と動向 ―「生きる力」の家庭科視点からの分析
― 1.研究の意義と目的 「総合的な学習の時間」の本格実施にあたって、こうした総合的な学びを展開する家庭科という教科あるいはその技量を持った家庭科の教員が「総合的な学習の時間」にどのように関わるのか、その中で何ができるのかできないのか、またそうした場合の本来の家庭科のあり方をどうするかといった「総合的な学習の時間」と家庭科のかかわりについて家庭科教育学界では議論されてきた。特に、「総合的な学習の時間」で育成する「生きる力」と家庭科で育成する生活力との異同や、家庭科という教科あるいは教師の「総合的な学習の時間」との関わり、その関係を整理することは、家庭科に課された大きな課題である。そしてこのことは、家庭科の独自性を明らかにして、明確な目的をもった今後の家庭科を創り出していくための課題でもある。 そこで、「総合的な学習の時間」と「生きる力」の家庭科視点からの分析を目的に「生きる力」を生活力、生活自立能力との関わりで明らかにし、さらにそれを育成するための「総合的な学習の時間」や家庭科のあり方や関わりについて追求することを目的とし研究を進めた。 2.方法 研究方法として、まず第一に「生きる力」の諸議論を整理し、家庭科視点からとらえた「生きる力」を明らかにし、「生きる力」の内容としてとらえられている内容を具体的に列記し調査に盛り込んだ。第二に学校としての取り組みの実態を明らかにし、それと密接に関わる家庭科教員の関与の仕方、家庭科と「総合的な学習の時間」の内容の相違などを明らかにすることを目的として新学習指導要領の移行期間であった2000年に全国1000校の中学校を抽出しアンケート調査(第一調査)を行い、新学習指導要領実施年であった2002年に、同じ学校を対象校として追跡調査(第二調査)を行った。第1、第2調査を補完するものとして、第三に2000年の調査回答校の中から、「生きる力」を育む「総合的な学習の時間」に積極的に取りくんでいる中学校と、家庭科が中心となった「総合的な学習の時間」を行っていると回答した中学校の2校を選出し、さらに、訪問可能な学校として東京およびその周辺県の中学校として、文部科学省の研究開発指定校、東京都区や市の教育委員会の推進校や奨励校のリストの中から、「生きる力」の育成をテーマとしている学校及び家庭科を中心におこなっていると思われる学校を選出し、訪問の許可がいただけた学校6校を選出し、合計8校の中学校の事例研究を調査し分析して、「総合的な学習の時間」で育成する「生きる力」と家庭科で育む「生きる力」の異同を整理し、「総合的な学習の時間」や家庭科のあり方や関わりについて追求した。このような調査結果より明らかにされた「生きる力」の諸相を含めて「生きる力」とは何かを整理した。 調査対象を中学校としたのは、平成10年告示中学校学習指導要領家庭科はA領域に「生活自立」という文言をかぶせこの領域全体の目的に「生活自立」を明示したが、特に中学校において「総合的な学習の時間」のなかで育む「生きる力」と中学校家庭科で育む「生活自立」の異同を整理しておくことは重要であったためである。 3.結果と考察 @「生きる力」をめぐる諸議論 「生きる力」の捉えられ方を整理した結果明らかになったことは、中央教育審議会、あるいは教育課程審議会が提示してきた「生きる力」は戦後民主化の教育の中で今日まで一貫して追求されてきたものであり新しい提言ではなく、時代の変化とともに「生きる力」のとらえ方はかわってきたもので必ずしも一様ではなかったことである。 一方、家庭科や家政学領域で対象としている「生きる力」は生活自立能力や「生活力」とされることが多いことが明らかになった。これは、現代の子どもは男女に関わりなく生活自立能力が欠如しているという教育的課題が、生活自立のための教育の必要性を強く促すことになったためであると思われる。さらに「生きる力」の前提に自立概念がふくまれており、自立には精神的自立、経済的自立、生活自立の3つに大別することができ、それぞれの自立の内容は「生きる力」と同じくその時代、社会背景の課題が反映したものとなっていた。 家庭科の学習指導要領、教科書では、食物、被服、住居の具体的な技術や知識に重点を置いた能力だけではなく、自分や家族の機能を理解し、自分の生涯を主体的に営む能力や、子どもを産み育てる能力、高齢者介護の能力、消費生活の経営能力を重要視し、さらに家庭生活が生活の多様化外部化によって地域社会に広がりを持っている中で、地域社会の中での生活の経営能力も、「生活の自立」能力(生きる力)として捉えられているということが明らかとなった。 A中学校「総合的な学習の時間」の現状と課題 この調査から明らかになったことは、2000年調査では、移行1年目で実態が把握しにくい状況もあったが、それが2002年調査では具体的なレベルで教員が把握でき、「総合的な学習の時間」への新たな問題意識をもっていた。 家庭科の「総合的な学習の時間」への関わりに対してはより消極的な意見へと移行し、家庭科の独自性を改めて問う姿勢、学校現場の多忙化などの要因がその背景にあった。調査や訪問した学校で見られた課題については学校運営上の課題、指導上の課題、時間不足、設備・資金面での課題、家庭・地域の協力に関する課題などがあげられ、今後検討していくい必要があることがわかった。 また、「総合的な学習の時間」であげられた「生きる力」は、学習指導要領に示された「総合的な学習の時間」での目標内容と類似しているものが多いが、そのねらいにそった「生きる力」のとらえ方は様々であり、そこで展開される学習内容がすべてが「生きる力」とされる傾向にあることがわかった。一方、家庭科での「生きる力」はより詳細で生活に密着した具体的な内容が多く、「総合的な学習の時間」での「生きる力」と比べてより総合的かつ複合的な力であることがわかった。現代の中学生に最も求められている生活自立能力は家庭生活に必要な家事労働や生活設計能力であることが明らかになった。 B中学校「総合的な学習の時間」の事例研究 各学校の「生きる力」のとらえ方を概観すると、それは「学び方を学習すること」、「生徒の学力の向上にある」、「自己の生き方を問うこと」と「社会に対応できること」など、生きる力は多様に捉えられ、「総合的な学習の時間」のねらいにそった「生きる力」のとらえ方は様々であり、そこで展開される学習内容がすべてが「生きる力」とされる傾向にあることがわかった。 また、家庭科は生き方につながる実践的・総合的な力、すなわち「生きる力」を育む教科と理解されており、身近な生活の中から問題をとらえ、総合的視野に立って解決策を思考して、生活に戻すという一連の学習課程に家庭科の特徴が見られた。 4.今後の課題 本研究における「生きる力」を整理すると、「生きる力」についての諸議論を整理した結果、現代の中学生に求められる生活自立能力が「自己管理能力」、「生活設計」、「生活における家事労働能力」、「家族関係」、「家計」、「消費者」、「社会」、「対人関係・スキル」、「情報」、「環境」の10の側面から捉えられることが明らかにされ、家庭科視点からはそのような生活自立能力が「生きる力」とされている。そして、このことは調査結果、事例研究からも同様の結果が得られ、特に「生活における家事労働能力」が、自立のために不可欠な能力としてとらえられており、家庭科視点での「生きる力」の中心を形成するものであるといえる。 今回の調査、学校訪問、インタビューを通して、今後「総合的な学習の時間」を充実させるための課題として家庭科視点から以下の2点をあげる。 1.「生きる力」の育成は、学校教育におけるすべての教科、領域に課せられた課題だけでなく、家庭、地域社会、学校すべてに課せられた課題である。「総合的な学習の時間」のねらいには地域と学校が一体となった教育を目指し、地域とのかかわりの中で多様な実践を行なっている学校は多く見られたが、その協力体制づくりは必ずしも円滑ではなかった。家庭科はその学習内容の特性や知識技能の定着という点で、学校と家庭をどのように連携させればよいかを考えてきた蓄積がある。このような経験がこのような課題に解決の糸口を与えることはできないだろうか。 2.現代の子どもたちは、常に変化する生活という場、また常に発展していく生活の技術の中で暮らしている。このような中で求められる生活自立能力は、従来の「いかに上手くできるかの教育」ではなく、次々に発生する生活の変化に対して「いかに適応できるかの教育」が必要になっていくのではないか。「生きる力」を育成することを担う学校教育のあり方を、議論する必要があるだろう。 以上により、学校教育の中で得た学びを生活に結びつけ、実践していき、生きるために必要な能力の育成を学校教育だけでなく、地域社会でのインフォーマル教育として行っていく教育体制やカリキュラム作りが求められていることがあげられる。また、「生きる力」の育成を学校教育の枠組みの中だけで捉えるのでなく、その外枠を含めた総合的なプログラム研究を今後追及していきたい。 5.本研究の限界 1点目に特に第二調査の回収率が低いことがあげられる。理由としては、第一調査と比べて記述式内容が増え、手間がかかる内容であったこと、また新課程の実施を絶対評価の導入によって中学校の現場では超多忙になっていることなどの理由が回収率の低さにつながったと考えられている。逆にいえば、回答者は比較的このアンケートのテーマに関心が高い教員であったと考えられる。以下の分析にあたっては広く一般的な回答者による結果というより、関心の高い教員の回答であることを考慮してなされるべきものと考える。 2点目に2000年度に行った第一調査と2002年度に行った追跡調査としての第二調査調査の比較分析にあたっては、同じ条件のもとでの比較にはならなかったことに関しての限界点を述べたい。まず第一にこの2つの調査は移行期間の2年間に渡る調査であったため、この間の教育情勢の変化に応して追跡調査を行うにあたり、第一調査の質問項目を加筆修正する必要があった。そのため第3章3節の比較にあたっては、同一の質問での比較というより、同様の質問での比較比較を行ったという点で限界がある。第二に2回の質問の回答者が、2年間の間で転勤、赴任などで必ずしも同じ家庭科教員が返答していない可能性がある。その教員が「一般的な家庭科の教員」としてか、「この学校での家庭科教員」としてか、あるいは「その教員」としてかなどどのようなスタンスで回答に臨んだかによっても回答はことなるであろう。第三として、上記で述べた理由により調査対象数が両調査において異なっている。比較をするにあたっての限界があった。 本研究の結果は、「総合的な学習の時間」、またそれと家庭科との関連、「生きる力」などに関心の高い家庭科教員による比較検討限定された比較検討であったことを留意すべきであろう。 |